「読者への挑戦状」付きの霧舎巧さんのミステリー。
犯罪学者・木岬研吾は小学校4年生の義弟・敬二を連れ、ある目的を持って北関東の小さなペンションを訪れた。バイパスの光峠スカイラインから逸れた場所にあるペンション「すずかけ」。そこには高圧的な中年女性・琴沢を始め一癖も二癖もありそうな人物が集っていた。
ペンションオーナー・鈴影さゆみと惹かれ合った木岬は、自分に憧れ「将来は犯罪者になる」という敬二のためにも、犯罪学者から名探偵に転身しようと決意するのだが……。
傲慢な琴沢とある理由から彼女に逆らえない一部の人々、雪に足止めされてすずかけにやって来た謎めいた外国人紳士・リチャード、遅れてやってきたリチャードの息子・エリオット、すずかけの共同経営者・東観寺と複雑な主従関係にある従業員・福永。
大雪と、翌日の昼に発生したM7の地震によって完全に外界から閉ざされたペンションで、まず琴沢が、そして木岬が遺体となって発見される…。
外界から隔絶されたペンションに訳アリな人物がぞろぞろ、謎めいた状況で起きた殺人、遺書と怪文書、素人探偵による捜査、そしてすべての手掛かりが揃った時、作者から読者へ出される「挑戦状」。古典本格ミステリー好きにはたまらない要素が満載
そして決してこれらの謎は古典的な探偵小説では終わらない。まず主人公だと思われた人物が遺体となって発見された所に驚かされる
また、外界からペンションを隔絶したかった理由や、これでもかというほど訳アリな人物が集まっている訳、真相を探るのが警察ではなく素人探偵でなきゃならない理由も、さほど無理なく現代ミステリーに馴染むように描かれててすんなり入り込める。
伏線が細かく張られてて、複数の遺書とタイプライターで打たれた怪文書、福永の常軌を逸した奇妙な行動、偶発的に起きた地震、そして「名探偵」の存在。重大なネタバレになるんで詳しく触れるのは避けて、今まで手掛かりとして見えていたものが、視点を変えると全く違ったものとして浮かんでくる、推理小説の醍醐味が味わえる
で、解答編で事件の関係者に探偵役が語る真相は、捜査して判明した事から起こり得るすべての可能性の中から、残された者達に都合の良い展開を選択して語られてて、また聞かされている側もそれを分かった上で語られる真相を受け入れている。
「少しでも心の痛みを癒してくれる筋書きを想い描いて何が悪い。」
「一言一句間違いのない真実なんて誰も知らなくていい。」
探偵役の人物のモノローグ、悲しい背景を持ったこの事件に温かい読後感を与えてくれる
そしてこの物語にはもう一つ、木岬とさゆみの恋愛にも謎が仕掛けられている。木岬がすずかけを訪れた目的と、5年前に起きた光峠スカイラインでの事故で両親を亡くしたさゆみ。事故に関する木岬とさゆみの共通の記憶、5年間さゆみの心の支えだったその記憶から2人の恋愛が始まるんだけど、後にその記憶に食い違いがある事がわかる。「騙された」という思いとそれでも捨て切れない木岬への想いに揺れるさゆみだけど、終盤でその食い違いの正体が明らかになる流れと木岬の本当の想い、そして叶わなかった想いにジーンとなった。
奇をてらった奇抜なトリックがあるわけではなく、作者のちょっとした遊び心と丁寧な仕掛けに満ちたミステリー。タイトルの付け方も上手く、読みやすくてお勧め
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